甘利虎泰
板垣氏と同じく甘利氏も甲斐源氏の一族で、甘利虎泰も板垣信方とともに、
武田信虎、
武田信玄の2代にわたって仕えました。
武田信虎追放劇では主導的な役割を果たし、武田晴信政権樹立後は板垣信方とともに「両職」として、
政治、軍事の両面で信玄を支えました。
甘利虎泰は板垣信方に負けず劣らず勇猛果敢で、甘利隊は相手の武将たちから非常に恐れられたようで、
甘利隊が出陣しただけで敵が撤退したという逸話が残っています。
上田原の戦いでは板垣信方の討ち死に後、晴信を助けるために、村上軍の猛追を防ぎ壮絶な戦死を遂げます。
長男の昌忠も勇猛で知られましたが、野尻城攻め後に落馬がもとで早世しました。
次男の甘利信康は長篠の戦いでは百騎の侍大将として出陣しましたが、
退却時に討ち死にしています。
甘利虎泰の年譜
- 永正五年(1508)油川信恵の居城勝山城奇襲作戦に参加
- 天文10年(1541) 武田信虎追放に同調し、武田晴信(信玄)を擁立
- 天文17年(1548) 上田原の戦いで討ち死にする
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