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源義経

「判官びいき」の語源でもある源九郎判官義経は、その奇襲攻撃による平家打倒のあざやかさと、源頼朝に警戒され、奥州平泉で非業の死をとげるという悲劇のヒーローとしての生涯が、さまざまな義経伝説を生みだしました。

NHKの大河ドラマなど、義経は小説や映画、ドラマの主人公としてなくてはならない人物のひとりですね。

源義経の年譜

  • 平治元年(1159年) 源為朝の九男として生誕。母は九条院の雑仕の常盤。
  • 9歳頃       鞍馬寺に預けられる
  • 承安四年(1174年) 鞍馬寺を脱出し、奥州平泉の藤原秀衡のもとに逃げ込む。
  • 治承四年(1180年) 藤原秀衡から80騎を与えられ、兄の源頼朝と黄瀬川で再会、配下に入る。
  • 寿永三年(1184年) 源義仲(木曽義仲)軍を宇治川で破る(1月)。平家軍を一の谷の合戦で撃破(2月)。
  • 元暦元年(1184年) 左衛門少尉検非違使少尉(判官) 従五位下
  • 文治元年(1185年) 屋島の合戦で再び平家軍を破る(2月)。壇ノ浦の合戦で平家を滅亡に追いやる(3月)。 平宗盛父子を護送するも鎌倉入りを許されず(5月)。 後白河法王から頼朝追討の宣旨を受けるが、後に義経追討の宣旨が出て、義経らは奥州平泉の藤原秀衡のもとに逃げる。
  • 文治五年(1189年) 藤原泰衡に衣川の館を攻撃され、自害。
 

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